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花と旅人

「男鹿の風景の殊(こと)に詠歎に値するのは、永い年代の目に見えぬ人の力が、痕(あと)も無くこの美しい天然の裡(うち)に融け込んで居ることである。其中でも椿と鹿との記憶せられざる歴史は、最も多く自分たちの興味を惹いて居る」(柳田 1962: 127)

 

 うえのエピグラフは、ユニークな洞察を含む風景論の一節である。ここには、信心や生活の必要のなかで北上したツバキが大地に加わることでより美しい天然になったとする、柳田國男の旅人の心情と、民俗学的な、暮らしと人びとの生き方の肯定がある。

 この初冬、ツバキの島に行った。生活スタイルの変化や過疎化によって、いまやツバキの山は人の手から離れつつあるようである。いわば、美しい天然から人の力が引き、“荒れた自然”となっている。

 本報告書は、ヤブツバキに関する里山保全のアクティビティを提案することで、地域の課題を解決しつつ、美しい風景を創っていくことを模索するものである。日本の離島の多くは生活条件の大きな変化のなかで半世紀以上にわたりあえいできた。本提案はツーリストの力をいくらか引き出すことで、自然に還りつつある里山から華やぎを浮かび上がらせていく試みといえる。

 そもそもヤブツバキはおもしろい。冬に咲くこともそうだし、ラッパ咲きのような堂々たるものから、侘助のような控えめなものまで一つずつ形が違っている。ソメイヨシノとは違って多様性に満ちている。そこから性に合う花を見つけるのも一興だ。ヤブツバキの美しさとおもしろさに気づくと、冬の散歩に楽しみが加わる。つまり、ヤブツバキに対する見様は良いみやげとなる。里山保全のアクティビティを提案する際には、こうした無形のみやげの価値を明示しておくといい。

 

参考文献

柳田國男(1962)「雪國の春」『定本柳田国男集 第2巻』筑摩書房

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